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東京高等裁判所 平成11年(ネ)1585号 判決 1999年6月30日

控訴人・附帯被控訴人(被告)

株式会社講談社(以下「控訴会社」という。)

右代表者代表取締役

野間佐和子

控訴人・附帯被控訴人(被告)

乙山春男(以下「控訴人乙山」という。)外二名

右四名訴訟代理人弁護士

河上和雄

山崎惠

的場徹

被控訴人・附帯控訴人(原告)

甲野太郎(以下「被控訴人」という。)

右訴訟代理人弁護士

押切謙徳

芳賀淳

主文

控訴人らの控訴及び被控訴人の附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

一  控訴人らは、各自、被控訴人に対し、二五〇万円及びこれに対する平成八年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被控訴人のその余の請求を棄却する。

三  右一は仮に執行することができる。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じて二分し、その一を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  控訴の趣旨

1  原判決中の控訴人ら敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

二  附帯控訴の趣旨

原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人らは、各自、控訴人に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成八年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人らは、被控訴人に対し、別紙一記載の謝罪広告を、別紙二記載の各新聞に同記載の方法で、それぞれ一回掲載せよ。

第二  事案の概要

本件は、大蔵省大臣官房審議官の職にあった被控訴人が、控訴会社発行の写真週刊誌フライデー(以下「フライデー」という。)に掲載された別紙三記載の記事(以下「本件記事」という。)によって名誉を毀損されたとして、控訴会社、当該週刊誌の発行人である控訴人乙山、編集人である控訴人丙川及び本件記事の執筆者である控訴人丁田に対し、謝罪広告の掲載、慰謝料五〇〇万円及びこれに対する不法行為後の日である平成八年五月一日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  前提となる事実(当事者間に争いのない事実は証拠を掲記しない。)

1  当事者及び関係人

(一) 被控訴人は、昭和四四年四月大蔵省に入省し、平成元年六月、同省主計局主計官、平成三年六月、銀行局中小金融課長等を経て、本件記事発行当時は、大蔵省大臣官房審議官の職にあった(経歴の詳細について、被控訴人本人)。

(二)(1) 控訴会社は、雑誌及び書籍の出版等を目的とする株式会社であり、フライデーを出版し、全国の書店を通じてその販売をしている。

(2) 控訴人乙山はフライデーの発行人、控訴人丙川は同誌の編集人、控訴人丁田は、本件記事の執筆者である。

(三)(1) A(以下「A」という。)は、株式会社富士銀行赤坂支店の元渉外第二課長であり、平成五年三月二五日、いわゆる富士銀行不正融資事件に関連する有印私文書偽造、同行使、詐欺の罪により東京地方裁判所において懲役一二年の実刑に処せられ、現在服役中の者である(乙一二の一、証人A)。

なお、右にいう富士銀行不正融資事件とは、Aが主犯となり、富士銀行の課長としての地位を利用して、架空預金証書や偽造した質権設定承諾書などを使ってノンバンクから六二〇〇億円もの巨額の資金を不正に引き出させ、これを共犯者等に不正融資して約二六〇〇億円もの焦げ付きを生じさせ、その結果、約八六〇億円をノンバンクから詐取したとされる事件である(甲一、乙九の2)。

(2) B(以下「B」という。)は、平成元年一月一九日、不動産仲介等を業とする常陽産業株式会社(以下「常陽産業」という。)を設立し、その社長に就任した者であるが、かねてから被控訴人と親交を重ねていた(甲四、乙二二、証人B)。

(3) C(以下「C」という。)は、平成二年二月に設立された株式会社全日販の代表者であるが、A同様、富士銀行不正融資事件の共犯者として懲役六年の実刑に処せられた者である(乙一二の4、証人B)。

2  控訴会社は、フライデー平成八年五月三日号に、控訴人丁田の署名入りで、富士銀行不正融資事件に関連して、本件記事を掲載し発行した。本件記事中には、以下の記述が存する。

(一) 見出し(以下「本件見出し」という。)

「人事口利き」と「株情報漏洩」直撃!甲野太郎大蔵省審議官が指摘された「2つの新疑惑」

(二) 本文1

「<(平成2年)9月上旬ころ、私(裁判所注・Aを指す。)は毎日のように行っていた常陽産業の事務所でB社長から、「絶対あがる株があるから課長ものらないか、儲けても損しても半々でやりましょう」という誘いを受けたのです。(中略)B社長に、「ええ、いいよ。お願いします」と返事したのです。B社長は、「一部上場の阪和興業の株があがる、という情報があるから、課長にも声をかけたんだ」といっていましたが、私は、「全部、Bちゃんにまかせるからやっといて」と軽く答えて終わっています。B社長は、情報の出所については何も言いませんでしたが、私はB社長の確信ぶりを見て、平成元年4月下旬ころ、常陽産業の事務所で偶然に出くわしたB社長から紹介を受けた、当時、大蔵省主計官、甲野太郎さんの情報に違いない、と思いました>なぜ、A元課長はそう確信したのか。調書にはこう書かれている。<この紹介を受けた後、B社長とともに、私は甲野さんと銀座4丁目の和風割烹「わたき」で会食をしたり、銀座6丁目のクラブ「ピロポ」などで数回飲んだりしておりますのですぐに「ピン」ときたのです>要は、そういう情報のやりとりが、これまでにもあったということなのか?だとすれば、これは情報漏洩に当たるのではないか。で、肝腎の株はどうなったのか。(引用中略)なんとボロ儲け、6千万なのである。この時期、阪和興業株は仕手めいた動きを示し、情報通り急騰している。もちろんA元課長はその情報を甲野審議官から直接、聞いたとは言っていない。だが、彼がそう信じたという証言は簡単に一蹴できるものではない。調書に示された一連の行為が真実だとするなら国家公務員として許されることではないはずだ。」

(三) 本文2

「さて、それ以上に問題なのは不正の発覚を恐れたA元課長の人事への口利き疑惑である。(引用中略)今度は、銀行に絶大な影響力を及ぼす現職の大蔵官僚の口利き疑惑なのである。平成4年3月27日付、東京地方検察庁で作成された調書はこう告発している。<不正発覚を防ぐためには転勤を阻止すること(中略)、転勤を防ぐためには、ひとつには「Aがいなければ赤坂支店の実績は達成できないから、転勤させられない」と支店長に思わせるために、不正資金を回した先に流動性の預金協力をさせたり(中略)、丸昌の丁島社長(懲役10年求刑、控訴中―本誌注)から支店長に、Aを転勤させないように言ってもらったり、大蔵省の甲野主計官から銀行の人事の上層部に、転勤をさせないように話してもらったりもしました>A元課長はここでハッキリと「口利きをしてもらった」と明言しているのである。現職の大蔵官僚が不正融資の主犯から、あろうことか不正の発覚を隠蔽するための人事の口利きを頼まれて行っていたというのだ。これが事実なら由々しき問題である。言うまでもなくA供述調書の信ぴょう性は、事件関係者らの公判においても証拠採用され、認められている。」

(四) 本文3

「なんと“官僚の頬っ被り状態”となってしまったのである。」

「しかし、これらの疑惑をぶつけようとしただけで彼が“頬っ被り”状態になったことは冒頭に記した。」

3  本件記事は、「連続追及第2弾爆弾調書が『国会の闇』を抉る」と題し、冒頭に本件見出しを大書し、大蔵省へ登庁途中の被控訴人の大版の写真(車中での撮影を避けるため新聞紙で顔を覆った状態を撮影したもの)、被控訴人及びAの写真各一葉、Aの検察官に対する供述調書の写真等を配し、本文1ないし3を含むものであり、Aの供述調書の記載を引用した上、これを論評する形式をとっている(甲一)。

二  主たる争点

1  本件見出し及び各本文は、被控訴人の名誉を毀損するものか。

(一) 被控訴人の主張

本件見出し及び本文1ないし3は、以下のとおり、虚偽の事実を摘示して、大蔵省に勤務する公務員である被控訴人の廉潔性及び職務の公正を疑わせ、被控訴人の名誉を著しく毀損するものである。

(1) 本件見出し

一般に見出しは、記事の内容を代表するものであり、それ事態で事実の摘示に当たる。

本件見出しは、被控訴人に「人事口利き」と「株情報漏洩」の「疑惑」があるとの具体的事実を指摘しており、この記述が、被控訴人に対する客観的な社会的評価を低下させることは明らかである。

(2) 本文1及び本文2

① 被控訴人は、阪和興業の株式の株価に関する情報を第三者に知らせたことはない。

本文1は、Aの司法警察員に対する供述調書の一部を引用する形式で記述されているが、「株情報漏洩」の「疑惑」との本件見出しの記述とあいまって、読者に対し、被控訴人があたかもその職務上知り得た秘密を自己の知人の私利のためにみだりに漏洩したとの認識を抱かせることにより、公務員である被控訴人の社会的評価を低下させている。

② 被控訴人は、富士銀行の上層部にAの転勤をさせないように話をしたことはない。

本文2は、Aの検察官に対する供述調書の一部を引用する形式で記述されているが、「人事口利き」との本件見出しの記述とあいまって、読者に対し、被控訴人があたかも大蔵官僚の地位を背景にして富士銀行の人事に介入したとの認識を抱かせることにより、公務員である被控訴人の名誉を著しく毀損している。

③ 本文1、2に引用の調書について

イ 控訴人らは、前記引用に係る調書(乙一二号証の一ないし四、乙一三号証の一ないし三、以下、枝番を省略し、「A調書」として引用する。)は、警察官及び検察官によって真正に作成されたものであると主張するが、控訴人らが富士銀行不正融資事件に関し警察官及び検察官作成の調書を入手できる可能性は少なく、控訴人らがAの調書と主張する書面は偽造された疑いが強い。

ロ 控訴人らは、本文1及び2について、A調書は公判廷で取り調べられたものであり、その内容に基づいて報道したと主張しているが、そのような報道をするためには、右調書が現実に捜査官によって作成されたこと及びそれが公判廷に顕出されたことが確認されなければならない。しかし、控訴人らは、これらの調書が公判廷に顕出された事実を明らかにすることができておらず、右確認を怠っている。

なお、控訴人らは、原審最終口頭弁論期日において、A調書が公判廷で取り調べられたことを立証するとして、乙二五号証ないし乙二七号証を提出したが、既に関係人証の取調べが終了しており、右期日においては、被控訴人がこれらにつき反対尋問によって吟味することは不可能であった。

これらの証拠の提出は、明らかに被控訴人の立証を不当に妨害する目的でされたものであって、時機に遅れたものというべきであるから、却下すべきである。

ハ 仮に、A調書が実際の公判廷で取り調べられたとしても、現在の刑事裁判において供述調書の取調べは要旨を告知することによって行われるのが通常であり、本件で問題となっているA調書の内容とAに対する公訴事実とは無関係であることから、被控訴人の名前が公判廷で朗読されて明らかになる可能性はなかった。

したがって、一般読者が、通常の裁判報道に接する場合と同様に本件記事の内容について触れることはありえない。

(3) 本文3

被控訴人は、大蔵省の広報室を通じて控訴人側の取材に対し、指摘されている疑惑のないことを回答している。

本文3は、控訴人らの写真撮影を避けるため被控訴人が新聞で顔を隠した事実について、「頬っ被り」をしたと表現し被控訴人が控訴人らの取材に反論もできず、不正融資事件と関連があるかのような印象を読者に与えるものであり、被控訴人の名誉を毀損している。被控訴人は、平成三年当時から、控訴会社を含む報道機関に対し、プライバシーに関わるものなどを除いて必要に応じて取材に応じており、「頬っ被り」をしたと表現されるような事実はない。

(二) 控訴人らの主張

(1) 本件見出し

本件見出しは、その記述のとおり、「人事口利き」、「株情報漏洩」という一般的抽象的な表現を記したものにすぎず、その表現自体が被控訴人の社会的評価を形成し得る具体的な「事実言明」として評することはできない。

(2) 本文1及び2

① 本文1及び2は、富士銀行不正融資事件で警察官及び検察官によって聴取作成されたA調書中の供述内容を引用し、そのまま読者に紹介するとともに、右調書の中でAが述べた事実について批判的論評を加えたものである。本件記事の主要な伝達事実は、ほぼすべて客観的、正確な引用部分に記載されているのであって、引用内容から独立して、右A調書が真実を述べたものであることを積極的断定的に読者に印象づけるような表現行為は採用していない。すなわち、本件記事は、被控訴人の問題行動を記述した供述録取書の存在を、その内容を引用、紹介することにより読者に伝達した客観報道であり、「事実言明」をしたものではない。

そして、本件におけるA調書は、いずれも公判廷で取り調べられたものであって、本文1、2の記載は、公開法廷での被告人、証人の発言内容を読者に伝える一般の裁判報道と基本的に性格は等しい。

また、本文1及び2は、A調書の内容が仮に真実であるならば、被控訴人のAらとの親密な交際関係は官僚として非難されるべきであると批判的に論評しているに過ぎず、論評の表現方法は報道行為として社会的相当性を逸脱するものではない。

② 乙二五号証ないし乙二七号証の提出が時機に遅れたものであるとの被控訴人の主張は争う。

(3) 本文3の「頬っ被り」という記述は、被控訴人に関して、否定的な評価を社会的に形成するような特定性と具体性をはらむ表現ではないことは一見して明白であり、表現自体に違法性は認められない。

また、被控訴人は、控訴人側の取材には一切応諾しておらず、平成三年の事件発覚から現在に至るまで、Aらとの親密な交際関係について謝罪はおろか、何ひとつ説明していない。このような被控訴人の態度につき、控訴人らは「頬っ被り」状態と論評を加えたにすぎず、右記述は、控訴人らの意見表明と言うべきであって、正当な言論にほかならない。

2  本件見出し及び本文1、2について、真実性の証明があったといえるか、又は控訴人らにおいて真実と誤信したことについて相当の理由があったか。

(一) 控訴人らの主張

仮に、本件見出し及び本文1、2の記述が被控訴人の名誉を毀損するものであったとしても、右記載事実は真実であり、また、仮に、真実であるとの証明がないとしても、控訴人らにおいて真実と誤信したことについて相当の理由があった。

(1) 本文1及び2の引用するA調書(乙一二号証、一三号証)の内容は、いずれもわが国の政策決定に強い権限を有する大蔵官僚が、戦後最大の金融事件である富士銀行不正融資事件に深く関与した者らと密接に癒着し、便宜を図っていたという事実を伝えたものであって、公共の利害に関係する事実である。

控訴人らは、公務員の綱紀の粛正と大蔵官僚への国民の監視を呼びかける趣旨で本件記事を公表したのであるから、本文1及び2は、専ら公益を図る目的で掲載されたものというべきである。

(2) 本文1が引用するA調書の内容、すなわち、被控訴人が阪和興業株につき、Bに対して情報を漏洩したという事実は、真実である。

すなわち、A調書の記述は、Bは情報の出所については言明しなかったが、被控訴人とBとの親密な関係からAにおいて被控訴人からの情報であると推察したという内容であるが、原審における証人尋問において、Aは、証人として、阪和興業株が上がるとの情報は、被控訴人からの情報であるとBが言った、と証言した。

これに対し、Bは、原審の証人尋問において、Cから、被控訴人に対し阪和興業株につきある事項について確認してもらえないかという要請を受けたが、それを断ったと証言している。しかし、右事項を確認しないまま、CやBがリスクの極めて高い阪和興業株の取引を開始したとは考えられず、必ずそれを確認した上で、取引を開始したはずである。Bと被控訴人は、当時週に一回は必ず会うほど親密な関係にあり、被控訴人はBにとって何でも相談できる相手であった。Cから被控訴人の名を特定して事実関係の確認の依頼を受けたBが、被控訴人に対する確認を行わずに、常陽産業にとって極めてリスクの高い阪和興業株の取引を行うことは考えられず、Bの証言は信用できない。

そうであるとすると、A調書の内容は真実と認めるべきである。

仮に、右事実が真実とは認められないとしても、右の事実関係によれば、控訴人らがA調書の内容を真実と信じたことには相当の理由があるものというべきである。

(3) 本文2が引用するA調書の内容、すなわち、Aは被控訴人から富士銀行の人事の上層部に転勤をさせないように話をしてもらったという事実は、真実である。

原審における証人尋問でAは、AとBの会話の中で、Aの転勤阻止に関しBから被控訴人に依頼することが話題に出たと証言している。そして、当時、BにとってもAの転勤を阻止する必要性があったこと、Bにとって被控訴人の名前を出すことがAに対する売り込みの材料であったこと、被控訴人とAが決して疎遠な間柄ではなかったことから、Bは被控訴人に対し右の依頼をしたはずであり、被控訴人がBと極めて親しい関係にあったことなどを考慮すれば、Bから依頼を受けた被控訴人が富士銀行上層部にAの転勤阻止を働きかけなかったとは考えられないのである。

そうすると、A調書の内容は真実と認めるべきである。

仮に、右事実が真実とは認められないとしても、Aは転勤させられる当事者として、富士銀行内部において、この転勤が阻まれた経緯と理由とを実際に知りうる立場にいたこと、また、検察官に対する供述調書の信用性は一般的に高いことを考慮すると、Aが検察官に対し断定的に被控訴人が富士銀行上層部に働きかけを行ったと供述している以上、控訴人らが右A調書の内容を真実と信じたことについては相当の理由があるものというべきである。

(4) 一般に検察官面前調書に録取された供述は、供述者の良心と記憶に沿って話され、正確に録取されるものと認められている。また、取調べにおいては、前もって強制捜査権の発動の下に集められた日記や帳簿等の各種資料のつきあわせと供述者の記憶の喚起がされるのが常態であり、そこに記載された供述には極めて高い信用性が認められており、法も類型的に特別の証拠能力を付与している。

本件のA調書は、同人の記憶の新鮮なうちに録取されたものであり、その信用性には高い評価が加えられるべきである。Aに対する判決においてもその任意性、信用性に疑いがさしはさまれた事実はない。

したがって、このようなA調書を引用し、もってAと被控訴人との親密な関係を読者に伝達した本件記事の公表は、不法行為を構成する余地はない。

(二) 被控訴人の主張

(1) 被控訴人が、本文1に掲載されたように、Bに対し阪和興業株売買について情報を提供した事実は存在しない。

控訴人らが右事実を真実と誤信したことについて相当の理由は認められない。

A調書の記載では、「B社長は情報の出所については何も言いませんでした」が、「甲野太郎さんの情報に違いないと思いました。」とされている。そして、Aがそう思った理由は、A、B及び被控訴人が会食をしたことがあるという点に止まっており、なんら被控訴人と株とを結びつける具体的な記載はない。そのような記載から、控訴人らは被控訴人が株情報に関する秘密を漏洩したことが真実であると一方的に考えたについてすぎないのである。

この点について、被控訴人及びBは、この事実を明確に否定している。Bによる株取引の時期は、A調書記載の時期と客観的に異なっているのみならず、Bは、被控訴人からでなくCからの情報に基づいて取り引きしたことを明言している。

Aは、原審の証言で、Bが、被控訴人からの情報であると述べたと供述したが、A調書ではこれを否定しているのであって、右証言は記憶に基づくものというよりは、あとからの想像に基づくものと考えられるし、仮にその発言があったとしても、Bが被控訴人からの情報に基づかずに勝手に発言したものと認められるのである。

これらによると、A調書の記載を真実と認める相当な根拠があるとは考えられない。

(2) 被控訴人が、本文2に掲載されたように、Aを赤坂支店から転勤させないために、富士銀行上層部に働きかけた事実は存在しない。

控訴人らが右事実を真実と誤信したことにつき相当の理由は認められない。

まず、被控訴人及び富士銀行は、右働きかけの事実が存在しない旨明言している。また、Aは、A調書の中では被控訴人に働きかけてもらったと断定的な供述をしているが、証人尋問において、それは想像で供述した、Bを介して被控訴人に依頼したが、被控訴人がしてくれたかはわからない、と証言している。そして、Bも、AからではなくCからAの転勤阻止の働きかけを頼まれたとする事実は認めたものの、その場で断ったと明言しているのである。

これらによると、前記A調書の記載を真実と認めるべき相当の理由があるとはいえない。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(本件見出し及び各本文の名誉毀損性)について

1  ある記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、当該記事についての一般読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものである(最高裁昭和三一年七月二〇日第二小法廷判決・民集一〇巻八号一〇五九頁参照)。

2  本件見出しについて

本件見出しは、前記のとおり、「連続追及第2弾 爆弾調書が『国会の闇』を抉る」との表題の下に、「『人事口利き』と『株情報漏洩』直撃! 甲野太郎大蔵省審議官が指摘された『2つの新疑惑』」と記載されたものであって、一般読者が普通の注意と読み方で本件見出しを読めば、大蔵省審議官である被控訴人が、その具体的な態様についてはともかくとして、人事口利きと株情報漏洩という社会的に否定的な評価を受ける行為を行ったのではないかとの疑念を抱くといわざるを得ない。

そうすると、本件見出しは、その限度において被控訴人の社会的評価を低下させるに足りる事実を摘示したものというべきである。

これに対し、控訴人は、本件見出しが、その記述のとおり、「人事口利き」、「株情報漏洩」という一般的抽象的な表現を記したものにすぎず、その表現自体を被控訴人の社会的評価を形成し得る具体的な「事実言明」として評することはできないと主張する。しかし、本件見出しは、「『国会の闇』を抉る」という表題の下に、「大蔵省審議官」という肩書きを付して、「人事口利き」と「株情報漏洩」、「甲野太郎大蔵省審議官が指摘された『2つの新疑惑』」と記載しているのであって、被控訴人が「大蔵省審議官」という地位を利用して、人事の口利きや株情報の漏洩等の不正行為をしているとの印象を一般読者に抱かせることは明らかであり、これを、被控訴人の社会的評価を形成し得る具体的な「事実言明」に当たらないということはできない。

3  本文1及び2について

(一) 本文1は、Aの平成四年二月一日付の警察官に対する供述調書(乙一二号証)を引用する形式で、Aは、平成二年九月上旬頃、常陽産業の事務所でBから阪和興業の株式が値上がりするという情報があるとして株式取引の勧誘を受けた際、Aは右情報の出所について、被控訴人とBとの交遊振りからみて、被控訴人からの情報に違いないと思ったとの趣旨に帰するものである。

また、本文2は、Aの同年三月二七日付の検察官に対する供述調書(乙一三号証)を引用する形式で、Aは、富士銀行赤坂支店からの転勤を阻止するため、被控訴人から銀行の上層部に転勤をさせないよう話してもらったりしたというものである。

そして、本文1には「調書に示された一連の行為が事実だとするなら国家公務員として許されることではないはずだ。」、本文2には「これが事実なら由々しき問題である。」との留保がされている。

(二) ところで、雑誌の記事による名誉毀損の不法行為は、問題とされる表現が、記事に掲載された人の社会的評価を低下させるものであれば、これが事実を摘示するものであるか、又は供述調書を引用した上、これについての意見ないし論評を表明するものであるかを問わず、成立し得るものであり(最高裁平成九年九月九日第三小法廷判決・民集五一巻八号三八〇四頁参照)、また、供述内容に係る事実を真実として断定しない表現をしたとしても、記事の内容を全体的に考察し、一般読者を基準としてみた場合、当該事実が真実であるとの印象を与える記載がされており、かつ、その事実が被控訴人の社会的評価を低下させるようなものであれば、名誉毀損が成立するものと解するのが相当である。

(三) 右(二)の観点から検討するに、本件記事は、A調書の引用に加えて、「だが、彼がそう信じたという証言は簡単に一蹴できるものではない。」(本文1)、「言うまでもなくA供述調書の信ぴょう性は、事件関係者らの公判においても証拠採用され、認められている。」(本文2)とそれぞれ記述して、供述内容自体の信用性を高める表現を付加している。また、「調書に示された一連の行為が事実だとするなら国家公務員として許されることではないはずだ。」(本文1)、「今度は、銀行に絶大な影響力を及ぼす現職の大蔵官僚の口利き疑惑なのである。」、「現職の大蔵官僚が不正融資の主犯から、あろうことか不正の発覚を隠蔽するための人事口利きを頼まれて行っていたというのだ。」(本文2)との強調的な表現を用い、本件見出しにも「甲野太郎大蔵省審議官が指摘された2つの新疑惑」との記載部分があることは前記のとおりである。

他方、A調書の内容に対する反論として本件記事に記載されているのは、大蔵省広報室を介しての被控訴人の回答として、「(人事の口利きについて)そういう事実はまったくありません」「(株情報漏洩について)そのようなことは一切関知しておりません」と述べたこと、二つの疑惑についての大蔵省の見解として「調書の写しを見せていただかないと、検討もできません」との記載がされているのみであるところ(甲一)、被控訴人の反論のすぐ後には、「だが、人事への口利き疑惑については、調書ばかりかA元課長自らが平成4年9月7日、自身の第10回公判において、法廷できっぱりと証言しているのである。『大蔵省の比較的力のある方に、富士銀行の役員の方に転勤を止めてくれと(中略)具体的にお願いさせていただいた』これが甲野審議官を指すことは、前述の供述調書からも明らかであろう。」との記述があり(本文2)、一般読者が本件記事を読んだ場合、控訴人らとしては、被控訴人の反論は信用できないと評価しているものと認識することは明らかというべきである。

右の諸点にかんがみると、前記(一)のような留保が付されているとしても、本文1及び2は、本件見出しとあいまって、一般読者に対し、被控訴人が阪和興業株に関する情報を漏洩し(本文1)、Aの異動を阻止するため富士銀行上層部に対し働きかけをした(本文2)との印象を与えるものといわざるを得ないから、国家公務員である被控訴人の社会的評価を低下させる内容を有するものと評価するのが相当である。

(四) 控訴人らは、本文1、2は、警察官又は検察官によって作成され、Aに対する刑事公判廷において取調べられた供述調書(A調書)の内容を読者に伝え、その内容につき批判的論評を加えたものにすぎず、また供述内容に係る事実が真実であると積極的に断定したわけでもないから、公開法廷における供述を伝える一般の裁判報道と基本的に性格は等しく、名誉毀損に当たらない旨主張する。

そして、乙一号証及び控訴人丁田本人の供述によると、控訴人丁田は、富士銀行不正融資事件に関心を持ち、平成七年一二月末頃までに同事件に関連して作成され、公判廷に提出された証拠として提供されたAの供述調書八〇通余りを入手したこと(控訴人丁田は、この提供者を秘匿している。)、本件記事において引用された前記乙一二号証及び乙一三号証(A調書)はその一部であると認めることができる。しかし、乙一二号証及び乙一三号証が控訴人ら主張のとおりのものであったとしても、右(三)のとおり、本文1、2が国家公務員である被控訴人の社会的評価を低下させる内容を有することは明らかであり、これを、単なる裁判報道と同視することはできず、名誉毀損に当たることを否定することはできない。

なお、被控訴人は、乙一二号証及び一三号証(A調書)が偽造された疑いが強いなどと主張するが、乙一二号証及び一三号証は、法定の供述調書の形式に沿っていると認められること、Aが、各調書末尾記載の警察官及び検察官の各取調べを受けたこと、各調書末尾の供述者の署名指印がA自身によるものであること、各供述内容にも覚えがあることを肯定し、刑事公判廷において証拠調請求された自己の供述調書はすべて同意し、取調べられたと供述していること(証人A)、弁論の全趣旨に照らし原本の存在及び成立が認められる乙二五号証(Aの平成三年一二月一三日付検察官に対する供述調書の写し)、乙二六号証及び乙二七号証(検察官請求の証拠等関係カードの写し)の記載と乙一二号証及び乙一三号証の内容とに齟齬がないこと等を総合すると、乙一二号証及び乙一三号証は、Aの供述を警察官ないし検察官において録取し作成した供述調書の写しであり、Aに対する刑事公判廷において証拠調請求がされ、被告人の同意の下に取調べがされたものと推認するのが相当である。控訴人丁田のようなジャーナリストが右事件にかかる刑事記録の写しを正規の方法で入手することが困難であろうことは認められるが(現に原審裁判所が東京地方検察庁あてにした記録送付嘱託も共犯者の事件が係属中であるとの理由で拒否されている。)、そうであるからといって、前記の認定事実からみて、これらの書証が偽造であるとの疑いがあるということは相当でない。

また、被控訴人は、乙二五号証ないし乙二七号証が原審の最終口頭弁論期日において提出されたものであることを非難し、時機に遅れた証拠申出であるとして、これらの証拠の却下を求めているが、これにより訴訟の完結が遅延するとは認められないから、右証拠申出を却下することはできない。

4  本文3について

控訴人は、この「頬っ被り」との表現について、被控訴人に関して、一定の社会的評価をもたらすような特定性と具体性をはらむ表現ではないことは一見して明白であり、表現自体に違法性は認められないと主張する。

確かに、本文3は、本文1、2とは異なり、それ自体としては具体性に乏しいこと、本件記事に取り上げられた事項は後記のとおり公共の利害に関するものであり、控訴人らが取材の対象としたことは、その時期を考慮しても、必ずしも不当とはいえないこと、これに対する被控訴人の対応は後記認定のとおりであるが、これを控訴人側からみた場合、必ずしも十分でないと評価することはありうること、控訴人らいわゆるマスコミのする表現行為としては、多少揶揄的なものも社会通念上許容されると解されること等を総合すると、本文3のみをもって、被控訴人の名誉を毀損するものと認めるのは困難である。

しかし、本件見出し及び本文1、2の内容が、被控訴人が株情報を漏らした、あるいはAの転勤阻止の口利きをしたという事実が真実であるとの印象を一般読者に与えるものであることは前記のとおりであるから、本件記事を通読すると、被控訴人が右のような不正行為をしたにもかかわらず、「頬っ被り」をしてその責任を曖昧にしているとの印象を与え、被控訴人の社会的評価を下げる効果を生じていることを否定することはできないものというべきである。そうすると、本文3は、本件見出し、本文1、2と総合してみたとき、被控訴人の名誉を毀損するものと評価するのが相当である。

二  争点2(本件見出し及び本文1、2について、真実性の証明があったか、あるいは控訴人らにおいて真実と誤信したことについて相当の理由があったか。)について

1  本件のように、A調書の記載を基礎としで、これに対する論評(記事の掲載)をすることが名誉毀損に当たるか否かを判断するに当たっては、①その論評が公共の利害に関する事実に係るか否か、②その目的が専ら公益を図ることにあったか否か、③右論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったか否かを基準とすべきであり、右各要件がすべて具備していると認められるときには、人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱したものでない限り、右論評は違法性を欠くものというべきである(最高裁昭和六二年四月二四日第二小法廷判決・民集四一巻三号四九〇頁、最高裁平成元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二五二頁参照)。そして、仮に右論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解するのが相当である。

2  前記のとおり、本件見出し及び本文1、2は、大蔵省の現職官僚である被控訴人が、富士銀行不正融資事件に関連し、自己の職務上知り得た秘密を株式情報として私的利益のため漏洩し、自己の地位を利用してAの転勤阻止のため富士銀行上層部に口利きをしたとの趣旨であるから、そのないようは、公共の利害に関するものであることは明らかであり、しかも、本件記事の内容及び控訴人らの出版に携わる者としての地位に照らせば、右事実の公表は専ら公益を図る目的に出たものであると認めることができる。

3  そこで、本件見出し及び本文1、2に摘示された事実について真実性の証明があったか又は真実と誤信したことについて相当の理由があったかを検討する。

(一) 本件記事等に関する事実関係は以下のとおりである。

(1) 乙一二号証及び乙一三号証(A調書)の記載は本文1、2引用のとおりであり、その中には以下の記載がある。

「常陽産業の事務所でB社長から阪和興業株が絶対あがるから課長ものらないか、という誘いを受けた。B社長にええ、いいよ、お願いします、と返事した。B社長は阪和興業株が絶対あがるという情報の出所については、何も言わなかったが、私はB社長の確信ぶりを見てB社長から紹介をうけた当時大蔵省主計官甲野太郎さんの情報に違いないと思った。その理由は、銀座四丁目の和風割烹「わたき」で会食をしたり銀座六丁目のクラブ「ピロポ」などで数回飲んだりしていたのですぐにピンときた。」(乙一二号証の二)

「転勤を防ぐために大蔵省の甲野主計官から銀行の上層部に、転勤をさせないように話してもらったりもしました。」(乙一三号証の二)

(2) 本件記事には、「A元課長自らが平成4年9月7日、自身の第10回公判において、……『大蔵省の比較的力のある方に、富士銀行の役員の方に転勤を止めてくれと(中略)具体的にお願いさせていただいた』と証言した」との記載がある(本件記事は、この人物が被控訴人を指すことは明らかであるという。)。

(3) Aの証言(要旨)(平成一〇年五月一八日)

「被控訴人とは『わたき』で一回食事をしたことがあるほか、『ピロポ』では一回一緒に飲んだことがある。常陽産業の事務所では、何回も、一〇数回は会っている。B社長から阪和興業株を買うようにと勧められてこれに応じ、利益として六〇〇〇万円を受け取った。B社長は、阪和興業株が上がるというのは甲野さんからの情報という趣旨を述べた。」

「乙一三号証(A調書)には『大蔵省の甲野主計官から銀行の人事の上層部に、転勤をさせないように話してもらったりもしました。』と記載されているが、それは記憶に基づく供述ではなく、自分の想像で供述したものである。それについて検事から違うという指摘はなかったので、そのような文章になった。現在の自分の記憶では、B社長に、甲野主計官に働きかけをしてくれるよう依頼をしたが、その先はどうなったかわからない。」

(4) 控訴人丁田のBに対する取材結果(甲二号証、乙一四号証、乙一五号証、証人B、控訴人丁田本人)

控訴人丁田は、平成八年四月一六日、Bに対し、富士銀行不正融資事件に関連して取材を行い、その中で、被控訴人が阪和興業株に関する情報を漏洩したか、Aの転勤阻止のため富士銀行に対し口利きを行ったかという点について質問した。

これに対するBの回答(要旨)は次のとおりであった。

「阪和興業株については、Cから取引を勧められ、被控訴人に関連情報を聞いてもらうように頼まれたが、自分は取引を行っていないし、被控訴人に聞いたこともない。

また、Aの転勤阻止についての口利きについては、Cから被控訴人に取り次いでもらうように頼まれたが、転勤を拒むことはAのためにならないといって、被控訴人に取次ぐことはしなかった。」

(5) Bの証言(平成九年九月一六日)

「平成八年四月一六日の控訴人丁田の取材に対して、阪和興業株の取引を自分はやっていないと答えたが実際は取引を行った。その際、Cから、被控訴人に阪和興業のある事項について聞いてもらうように頼まれたが、被控訴人にそのことを聞くことはなかった。」

「また、Cから、Aが赤坂支店から転勤しないよう、被控訴人に富士銀行上層部に働きかけてもらうよう頼まれたが、被控訴人には取り次がなかった。」

(6) Bの別件(東京地裁平成八年(ワ)第五三八六号等)における証言(要旨)(乙二二号証、平成九年一〇月二八日)

「富士銀行不正融資事件に関連して受けた警察の取調べが一段落した時点で、担当課長から、人事のことかなにかよく覚えていないが、Aがこういうことがあったと言っているけれども事実どうなんだろうという問いかけがあったが、私は、それは違う、Aの勘違いだと思うと答えた。」

「阪和興業の株式に関し、Cからこれが本当に上がるのかどうか、ある事項を被控訴人に聞いてもらえないだろうかとの問い合わせがあったが、そんなことは開けないと断った。そういうプライベートなことについて被控訴人に迷惑をかけたくないという考えだった。」

「Aの人事異動の関係で、Cから被控訴人には直接いわずに自分(B)の方にどうにかならんだろうかという話を持ってきたことがあった。」

(7) 被控訴人本人の供述(甲四号証、被控訴人本人尋問)

「阪和興業なる会社について、公的にも私的にも何の情報、関係も有しない。

阪和興業株の情報をBや第三者に知らせたことはないし、そのような依頼を受けたこともない。」

「Aの人事について富士銀行に口を利いた事実はないし、そのような依頼を受けたこともない。富士銀行からもそのような事実のなかったことの回答を得ている。」

(8) 被控訴人とB、A、C等の関係(甲四号証、六号証、乙一九号証、二〇号証、二二号証、証人B、同A、被控訴人本人)

被控訴人とBは、昭和六一年頃知り合い、気が合うところから、家族付き合いもする仲となり、平成元年から平成三年頃までの内、被控訴人は平日の昼間にしばしば、Bの常陽産業の事務所を訪れ、多いときには週に一、二度、クラブ等で会食や飲酒をする関係にあった。このような関係を背景に、Bは、平成二年五月一四日、被控訴人に対し、一〇〇〇万円を外車購入のため無利息で貸し付けたことがあり、被控訴人は、平成三年五月九日、これを返済した。

被控訴人とAは、平成元年一二月頃、Bの紹介によって知り合い、平成二年五月頃まで一定の付き合いがあった。両名は、被控訴人がBと会食や飲酒をする際、何回か席を同じくしたほか、常陽産業の事務所でしばしば顔を合わせている。

被控訴人とCの関係は、Bを通じて数回飲食を共にした程度である。

(9) 阪和興業株の売買及びAの人事異動(乙二二号証、証人B、同A)

B及びAは、平成二年一月上旬頃、Cの口利きにより阪和興業株を買付け、同年三月上旬売却した。このとき、Bは、数億円の信用取引を行って数千万円の利益をあげ、Aは、Bに取引を任せ、約六〇〇〇万円の利益を得た。

Aは、平成三年三月で赤坂支店での勤務が五年間となり人事異動があってもおかしくない時期であったが、転勤とはならなかった。

(10) 控訴人丁田及び控訴会社としての取材活動(乙一四号証、被控訴人本人、控訴人丁田本人)

控訴人らは、控訴人丁田において前記のとおりBに対して取材したほか、次のとおりの取材活動をした上、本件記事を作成した。

すなわち、

① 控訴会社の田口記者及びカメラマンは、平成八年四月一二日朝、被控訴人から取材するため、被控訴人の登庁を待ったが、被控訴人が登庁を控えたため、インターホンで被控訴人との会見を申し入れた。これに対しては、被控訴人の妻が応対し、取材については、直接の会見は拒否するとともに、城山総合法律事務所の押切弁護士を通して欲しいと述べた。

② 同月一五日朝、控訴人らは、編集担当の記者とカメラマンが、車数台を用意して被控訴人が出てくるのを待ち、被控訴人の登庁を追いかけ、信号待ちで停車した車内にカメラを向け、本件記事掲載の被控訴人が顔を新聞紙で覆っている姿を撮影した。

③ 同日、控訴人らは、大蔵省広報室を通じて、被控訴人に対し、富士銀行不正融資事件で逮捕されたAに頼まれてAが人事異動しないように当時の富士銀行上層部に電話した事実はあるか、阪和興業株売買の事実はあるか(阪和興業株式に関する情報を提供したことはないか、という質問ではない。)、の二点について質問をし、直接取材を申し入れた。これに対し、被控訴人は、右の事実をいずれも否定する旨の回答を行ったが、直接の取材には応じなかった。

④ 同月一六日も、控訴人らは被控訴人から直接取材をし、また、写真を撮ろうとして、車十数台を被控訴人宅前等に配置して被控訴人の登庁を待っていたが、被控訴人が休暇を取り家から出なかったので、目的を達することができなかった。

⑤ 控訴人らは、被控訴人が指定した弁護士に対する取材や富士銀行に対する取材を行わなかった。

また、Cは服役中であったので同人に対する取材は試みていない。

(二)  以上の証拠及び事実関係を前提として、本文1、2の摘示事実の真実性について検討する。

(1)  本文1の事実について

本文1の摘示事実は、被控訴人が阪和興業の株式に関する事項につき情報を漏洩したというものである。

この点に関し、控訴人丁田は、「Bは情報の出所につき言及しなかったが、AはBと被控訴人との交遊振りからみて被控訴人からの情報に違いないと思った」という趣旨のA調書の記載及び自らしたBに対する取材において、Bが「Cから阪和興業に関する情報を被控訴人に聞くよう依頼されたが断った」という趣旨の発言をしたこと並びに被控訴人の否定の回答ないし控訴人らの取材に応じようとしない態度に基づき、A調書を信用できるものとして本文1を執筆したものである(控訴人丁田)。

Aは、その後、原審において、調書の記載とは異なり、Bは情報の出所は被控訴人であるとの趣旨を述べた旨証言したが、Bは、原審及び別件における証言で株式取引をした点については前記取材における供述を変更したものの、被控訴人に対する情報提供を求めるCの依頼を断ったという点については従来の供述を維持している。また、被控訴人の事実否定の態度は一貫している。

これらの供述等を総合しても、被控訴人が阪和興業株に関する事項につき、情報を漏洩したとの事実が真実であると認めることは困難というべきできる。

すなわち、A調書において、株情報の出所もとが被控訴人であるとする根拠は、Bと被控訴人とが親密な交際をしているということに尽きることからして、確実な根拠に基づかない推論であるといわざるを得ず、それ自体の証拠価値はさほど重視できないし、「B社長は、阪和興業株が上がるというのは甲野さんからの情報という趣旨を述べた。」とのAの証言は、A調書が作成された平成四年から約六年を経過した後にされたものであり、記憶が変容している可能性があることを考慮すると、直ちにこれを真実であると断定することは困難である。かえって、右のようにA調書とA証言が食い違うことは、その信用性に疑問をさしはさまざるを得ないものである。

控訴人らは、BやCが、Cが必要と考えた阪和興業に関する被控訴人からの情報を得ないまま高額の株式取引をしたとは考えられず、被控訴人とBの親密な関係からすれば、必ず被控訴人の確認を取ったはずであり、これを否定するBないし被控訴人の供述は信用できないと主張する。確かに、BやCが、何らの裏付けもなく、数億円もの信用取引を行って数千万円もの利益を上げたと考えることは困難であり、何らかの裏付けを得て、信用取引を行ったと推認するのが合理的である。

しかし、Bは、Cが阪和興業の関係者から情報を得ていたのではないかと指摘していること、日精エー・エス・ビー機械の株式についても他から情報を得て多額の取引をしたことがある旨供述していること(乙一五、証人B)を考慮すると、B及びCが、被控訴人以外の者から情報を得て阪和興業株の取引をした可能性があることを否定できず、B及びCが阪和興業株の売買により利益を上げたことをもって、直ちに被控訴人がその情報を漏らしたと推認することはできない。そして、Bや被控訴人は、右事実を否定しているのであるから、その供述を排斥し、Aの供述の結論だけを真実と判断するためには、控訴人らが述べるような一般的状況だけでは足りず、少なくとも、被控訴人が阪和興業株に関する情報を知りうる状況にあったこと、阪和興業株の取引を主導したCが被控訴人から情報を入手したことを認めるに足りる立証が必要であると考えられるが、本件において、これらを基礎づける証拠は提出されていない。

そうすると、前記の証拠関係のみから、被控訴人が阪和興業株に関する事項を漏洩したとの事実を真実と認定することは相当とはいえない。

(2)  本文2の事実について

本文2の摘示事実は、Aの転勤阻止に関し、被控訴人が富士銀行の上層部に口利きを行ったというものである。

控訴人丁田は、A調書の「転勤を防ぐために大蔵省の甲野主計官から銀行の人事の上層部に、転勤をさせないように話してもらったりもしました。」等の記載とB及び被控訴人に対する取材内容に基づき、A調書を信用できるものと判断して本文2を執筆した

Aは、原審において、調書の記載について、記憶に基づく供述ではなく、自分の想像で供述したものであり、現在の自分の記憶では、「B社長に、C主計官に働きかけをしてくれるよう依頼した」ものである旨訂正する証言をしている。

しかし、そもそも右のように供述が変遷することは全体としてAの供述ないし証言の信用性を減殺するものであり、また、B及び被控訴人が右事実を否定していることを考慮すると、これを直ちに真実として認定するのは困難である。また、たとえ、その証言のとおり、AがBに対し被控訴人への取り次ぎを依頼したことが事実であったとしても、被控訴人が富士銀行の上層部に働きかけを行ったことを真実と認定するためにはそれだけでは足りず、更に進んで、被控訴人が人事の口利きの依頼をBらから受けたこと、被控訴人がその依頼により富士銀行上層部に働きかけを行ったことを認めるに足りる相当の立証が必要である。本件においては、それらの事実を認めるに足りる証拠はなく、被控訴人とAの前記の程度の交際から、これを推認するのも相当とはいえないから、被控訴人が富士銀行上層部に対し、Aの人事異動を阻止するための口利きを行ったという事実を真実と認定することはできないものというべきである。

(三)  本文1、2の摘示事実を真実と誤信したことの相当性について

前記認定に係る事実関係の下においては、控訴人らがA調書の内容を真実と誤信したことについて相当の理由があるとも認められない。

すなわち、控訴人丁田が本文1、2を執筆した段階における資料は前記のとおりであり、その段階において、本文1、2の摘示事実が真実であると判断することが合理的ということのできないことは、これまで説示したところから明白というべきである。

(四) なお、控訴人らは、刑事の公判廷において取り調べられた、捜査官の作成にかかるA調書を引用した本件記事の公表は、不法行為を構成する余地がない、あるいは、控訴人らがその内容を真実と信じたことに相当の理由があると主張する。

しかしながら、供述調書の性質は、基本的には供述者の供述内容を録取するものであり、右供述により不利益を受ける者から反対尋問を受けるなどしてその信用性について吟味がされたものではないから、その形式から一般的に信用性が高いと判断すべき根拠はなく、この理は、公判廷で証拠とすることに同意され、取調べ済みであっても変わるところはない。また、株情報の漏洩にしても人事の口利きにしても、Aに関する起訴事実そのものではなく、せいぜい情状に関する事実であるというべきであるから、刑事被告人が、このような事実については、多少事実と異なっていてもあえて争わないで証拠とすることに同意することも少なくないことを考慮すると、A調書が証拠とすることに同意されたことの一事をもって、信用性が高いともいい難い。よって、右主張は理由がない。

4  以上のとおり、本件見出し及び各記事について、真実性の証明がなされておらず、控訴人らが真実と誤信したことについて相当の理由があるとも認められない。

三  本件記事によって毀損された被控訴人の名誉等の損害の回復について検討する。

1  被控訴人は昭和四四年四月、大蔵省に入省して依頼、主計局主計官、銀行局中小金融課長等、大蔵官僚としてのキャリアを積み、本件記事発行当時は大蔵省大臣官房審議官の職にあった。

本件記事は、公務員である被控訴人の交遊振りを批判するに止まらず、前記のように、被控訴人がその職務上の地位によって知った株式に関する事実を私利のために利用したこと、職務上の地位を利用して民間銀行の人事に関し口利きを行ったことを趣旨とするものである。全国的に販売されているフライデー誌上に、確実な根拠がないまま本件記事が掲載されたことによって、職務に関して公正、廉潔を求められている公務員たる被控訴人の名誉、信用が著しく毀損されたことは明らかであり、日常の職務、人事、友人関係等に多大な影響が与えられたことが認められる(甲四号証、被控訴人本人)。

右のような本件記事の内容、被控訴人の社会的地位等一切の事情に照らすと、控訴人らは、右の不法行為によって被控訴人が被った精神的苦痛に対する慰謝料として、被控訴人に対し各自二五〇万円を賠償すべき義務があるものと認めるのが相当である。

2  被控訴人は、損害賠償のほか、名誉回復のための措置として謝罪広告の掲載を求めている。

謝罪公告については、その性質上、その必要性が特に高い場合に限って命ずるのが相当ではあるところ、本件記事は、平成三年頃に発覚した富士銀行不正融資事件について、平成八年五月頃に掲載されたものであり、掲載されてから現在まで既に約三年を経過し一般読者の関心も薄れていること、しかも、本件記事は、フライデー誌上のみに掲載されたものであること、加えて、本件損害賠償請求が一部認容されることにより被控訴人の損害が相当程度回復されることなど諸般の事情を考慮すると、現在において、被控訴人が主張する新聞紙上に被控訴人主張のような謝罪文を掲載することは、名誉回復措置として相当でないというべきであり、仮に、謝罪文の掲載をフライデー誌上に掲載することに限定しても、その必要性がないといわざるを得ない。

第四  結論

以上の次第で、被控訴人の請求は、控訴人らに対し、各自、慰謝料二五〇万円及びこれに対する不法行為後の日である平成八年五月一日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

よって、控訴人らの控訴及び被控訴人の附帯控訴に基づき、右と結論を異にする原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条、六四条、六五条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官小林正 裁判官萩原秀紀)

別紙<省略>

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